「はじめての文学」シリーズ刊行スタート

各作家の短編を編集しなおしたシリーズ。全12巻。今のところダブル村上さんの巻が発売中。
http://www.bunshun.co.jp/book/hajimete/index.htm

はじめての文学 村上春樹

はじめての文学 村上春樹

はじめての文学 村上龍

はじめての文学 村上龍

ラインナップ:村上春樹村上龍よしもとばなな宮本輝宮部みゆき浅田次郎川上弘美小川洋子重松清桐野夏生山田詠美林真理子

■「はじめての文学」各巻には、若い読者へ向けた、作家の書き下ろしメッセージが収められます。2007年1月刊『はじめての文学よしもとばなな』よりばななさんのメッセージを転載します。

 作家人生も長くなってきて、次第に読者層も分厚くなってきました。これはありがたいことです。そして「私は前半のほうが好き」とか「最近の作品だけが好き」なんていう人たちもいて、これもまたありがたいことです。そういうことはさておき、私の最も得意とする分野は短編と中編ですので、この本の中に入っている作品には比較的自信があり、好きなものです。もちろん文法の間違いはたくさんあるし、文学としてどうなのかはわかりません。ただ、出てくる人たちに対して私がとても誠実に愛情を持って描いた、それは確かです。私の作品は半分くらいファンタジーというか寓話であり、現実の重さはもっときびしいものだよ、と批判する人たちもいます。実際にそういう側面もあります。
 しかし、私は若い人たちに、こう言いたいのです。夢も持てない人生なんて、あってはいけない。夢とは、お金持ちになって広くて良い部屋に住み、仕立てのいい服を着て、おいしいレストランに行く……そんなものではないのです。夢とは、自由のことです。ああ、おばさんくさい……しかし、ほんとうのことです。もしも毎日の中に自由の香りを見つけたら、その時、みなさんのまわりにいるお父さんお母さん、おじさんおばさんたちの中にも、子どもたちがいることに気づくでしょう。若さとは、いいことも悪いことも今日が永遠に続くと思ってしまうことです。異常に閉じこめられたような気がしたり、ものすごく解放されたりする様々に揺れる気分を存分に味わうことです。そしてそれが特権なのです。でも、時間はたっていく。誰もが生きていかなくてはならない。
 そんな長い人生のどこかで、私の小説がこれからもふっとみなさんの心によりそう時があったなら、これ以上の喜びはありません。私は、実際に会ったら、ケチでずるく腹も出てるし白髪も目立つ単なる口の悪い子持ちのおばさんですが、現実ではなく、小説の世界では言葉で魔法を使います。そこだけは大人として信頼できる点です。それは、現実のせちがらさを忘れるためにウソを描いてみなをだまそうとしているのではなく、この世に生まれたことをなんとか肯定して受け入れようではないか、だいたいが面倒で大変なことばかりだけれど、ふとしたいいこともあるではないか、そういうことを言葉で表したいのです。生命という大きなものへの感謝を文章にして記したいのです。同じ時代の中で、そんな魔法をこれからも創り続けていきます。
 読んでくださって、ありがとうございました。
よしもとばなな   

もう少しで読了しそうな村上訳『グレート・ギャッツビー』ですが(とってもいいです)、よしもとばななさんの日記の中で言及されていて、それがよかったので転載。

 「グレート・ギャツビー」の新訳、好きでないという人もいるのかもしれないが、私はものすごく好きだった。あの小説を前の訳(もちろん名訳で、明るい霧にかすんだような感じはこっちのほうがよく出ていたと思う)で読んで「ここはもう少しこうかな?」と思ったところがかゆいところに手が届く感じでうまく訳されていた。この訳だとデイジーのだんなさんの描写がものすごくはっきり見える。今でいう青年実業家の意外に骨のある部分みたいなところがふっと出てくるときの感じ。あと読んだ人がきちんとデイジーに失望しているのに、ギャツビーはまだ夢にしがみつく、そのギャップが妙によりリアルに伝わってきた。
 あの小説はつまり「まともな目を持った僕から見て、ギャツビーくんは確かに問題もあるがすばらしい魅力と才能がある、あの女はそんな君が思い入れるほどのすごい女じゃないんだけど、好きなんてのを超えて思い入れてるからどうしようもないよね、さらにその欠落を含めて君なんだから、僕は見てるしかないよね、でも胸は痛いな」というのをものすごくすばらしく描いただけのものなのだが、一個のずれでなにかがカルマ的に崩れて行く様子をどうしたらこんなに絶妙に描けるのか?というくらいに繊細に描きこんである。散漫なようで全然抜けがない不思議な小説なのだった。
 なんというのかな、夢というものが本質の底の底から、現実に破れる瞬間というのかなあ。それをあんなふうに描くには鼻血が出るほど夢を見た人でないと。
 なによりもすばらしいのは春樹さんがこの小説をしんから愛していることだろう。
よしもとばなな公式サイト「Banana's diary」より)